この行き場のないフラストレーションをこの場で吐き出させて欲しい。




先週、嫁との卒業旅行にいった、つもりであった。。




しかし、私はもう一回旅行が予定されていることを忘れていた




まさかの翌週末に旅行が入っていたのである。




これはとてつもなく痛いミスである。





私は先週のモラハラ旅行で性も根も尽き果て、嫁とはもう1秒も一緒に居たくない、1ミリの思い出も残したく無いと思っていた。





しかし、私の記憶力の無さから、まさかの翌週に旅行が待ち構えているとは予想だにしなかった。





何でモラハラ旅行から帰ってきたばかりの数日後に、またモラハラされるとわかっていながら旅行に行かなければならないのか??





そんな旅行代に私のなけなしの給料を捧げるのならば、恵まれない世界の子供達に寄付をした方が千倍有意義な使い方である、と心から思った。





私は切れた気持ちを何とか呼び起こし、再度嫁と数日間を共にする覚悟を洗面所の鏡に映る自分の姿を見て決めた。





旅行に行くのにこんなに気合いを入れなければならない私は一体何なのだろう





旅行前日は送別会が入っており、深夜1時頃帰宅。





嫁が待ち構えており、グダグダといつも通り私の前妻との間の子供の罵倒か何かを言っていたが、酒のせいもあってか何も記憶に無い。





翌朝、と言うか2時間後の3時に家を出発。





荷詰めの際に、下着を入れ忘れるほど私は全く気乗りせずに空港に向かった。





行きの飛行機は嫁は大人しかった、と言うか、搭乗前に私が、




「数時間後から私は運転を控えているので頼むから寝かせてくれ」




と懇願したので、さすがに嫁も身の危険を感じたのか寝かせてくれた。





嫁は自分の利益、不利益に関わる事となるといつもサッと身を引く。





今回の旅行でのワガママアイドルも驚くような稚拙な言動、そして続くモラハラ罵倒、DVをここに記録として残すと共に私の行き場のないこのフラストレーションを発散させて欲しい。






今回に限らずだが、朝、嫁は予定時刻にまず起きない。





集団行動でとても嫌われるパターンである。学生時代、合宿に行くとこういう輩が一人は必ずいた。






私も元々は朝はとてつもなく弱い方だが、嫁と一緒になってからというものの、時間という概念の無い嫁に危機感を抱き、嫁と一緒に行動する際には自然と起きるようになった。





人間、追い込まれた時には自然と潜在能力が発揮されるものだと思う。





翌日外出を控えた前夜、嫁に対して「明日は何時に出るから宜しくね」と言うも、いつも翌朝、嫁は必ず出発時間の15分前に起き、そこからゆっくりと風呂に入る。





結局、出発は予定時刻を20分後ほど過ぎた後となる。





旅行の際には、チェックアウトも間に合わない事がほとんどだ。嫁はホテルの事情など気にもしない。





挙げ句の果てに嫁は、




「何でいつもお前は時間通りに出ることができないんだ!?」




と、まさかの私に責任転嫁をしてくる





意味がわからない域を超越し、嫁の発言には一種の感動すら覚える。





嫁はモラハラ教の教祖様である。





教祖様が一般人にはよくわからない事をひたすら唱え、信者にすり込む。信者は洗脳され、非人間と化してゆく。






今回の旅行もご多分にもれず2日間とも嫁は起きず、私が毎日予定を調整し直し、行程作りにとても苦労した。






今回の旅行は、嫁が「朝ごはんがイチオシの家庭的な宿に泊まりたい」と言うので2泊の内の一晩は、遠く遥々その宿に行ってきた。






その宿に宿泊した際の朝の出来事である。





私は早く起床しジョギングをこなして宿に帰り、嫁に「朝ごはんに行こう」と言うと、嫁は、





「お腹が痛いからいらない。一人で行ってきて」




と。。





食堂では夫婦カップル5組くらいが仲睦まじげに朝食を取っている。





結局、私は1人で虚しく食べた。





確かに前評判通り美味しかった、特に卵料理が絶品であった。





しかし、虚しい。





結局、余った嫁の分の朝ごはんをパックに詰めてもらい持ち帰った。





部屋に戻り、嫁に朝の献立と美味しかった旨を伝えると、





「え〜、私も食べたかったのに!」




と言われ、私は彼女をど突いてやりたい衝動に駆られたが、大人の私はグッと堪えた。





思い起こすと、嫁と一緒に行った旅行で2人で朝ごはんを食べたことなどほとんど無い。





いつも、「私いらない」と朝に言われ、私は1人でレストランに向かった記憶しかない。





旅行も最終日、有名観光地に着くと、目の前の椅子に嫁が座り込みスマートフォンをいじり始めた(おそらくひいきにしているブログのチェック等、なぜここで??)。





私は何もせずに待つこと5分超、せっかくの旅行の時間が勿体無いので、嫁に、




「車の中で続きを見たら?」




と純粋無垢に私は促した。




すると、




「行くって言ってんだろ!!携帯見るくらいいいだろ!!」



と嫁はキレ始めた。



マズいっ!と私は思ったが時既に遅しであった




教祖誕生の瞬間である。




珍しく2日間もの長時間大人しかった嫁のマグマが噴火した🌋





そこからは、毎年クリスマスに山下◯郎ソングが街に流れ響くのと同じく、いつものお決まりパターンである。





「貴様の子供(前妻との間の子供)、いつ死ぬんだよ!?お前のクソ母親の孫だから、貴様の子供もクソなんだよ!!」





教祖様のいつもの執拗な怒りは延々5時間続いた





車内、教祖様は助手席で狂喜乱舞の金切り声の奇声を発し、私は何度も彼女にツバをかけられた




引っ掻かれ、私の手には痛々しい傷跡が出きた。




未だに残る傷跡




帰りの空港に辿り着くまで延々と嫁の噴火は続き、慣れない異国の地での夜の運転も相まって、私は酷く疲弊した






空港に着くと、私はひっそりとスマートフォンで航空会社のHPにログインし、帰り便の座席を嫁と離れ離れの席に変更した





「これで少なくとも数時間は1人になれる」私は思った。





しかし、現実はそれほど甘くはない






離れ離れの席に着きホッとしていると、離陸前に教祖様が機内を歩いて私の席までやって来て、私の座席の横に仁王立ちして怒りの続きを表現した。






周りの異国人達の憐れむような視線が私に突き刺さり痛かった






離陸してようやく一人になれ、崩れ落ちるように私は眠りについた。






到着した空港からタクシーに乗り込んだが、そこでも教祖様に延々とキレられた。





寝ても覚めても、とはまさにこの事であろう。





空港到着が朝だったため、私はそのまま仕事へ向かった。





そして仕事中も何度も何度も教祖様からの罵倒メール、着信履歴に悩まされた。





「これから電話会議だから勘弁して」、と教祖様に伝えても彼女は当然のように会議中も電話をかけてきた。





教祖様は、周りが見えない裸の王様である。





心底迷惑である






私はどんな手段を彼女が講じて来ようが、絶対にモラハラ教の信者にはならない。





強い芯を持って教祖様ともう少しだけ戦っていこうと思う。




合掌